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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)368号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人村上信金上告趣意第一点について。

所論は、原審において弁護人が主張した法律上犯罪の成立を阻却すべき原由に対する判断が、原判決において示されていない違法があると主張する。原審第三回公判調書には、「村上弁護人は弁論要旨に基き被告人の為め有利の陳述をし、被告人に対して無罪の判決を求むと述べた」旨の記載があることは、所論の言うとおりである。そして、右弁論要旨においては、被告人は激昂した二、三十名の朝鮮人を制止しなかったのではなく制止ないし抑制については十分努力した、力の限り説得した、「幸にして被告が支部長であったればこそ流血の惨を見なくて済んだのであります」と述べている。そして、引続き「何人をこの場合被告の立場におきましても、これ以上悪くなるとも決してよくはならなかったのであります。換言すれば、被告に是れ以上期待することはできなかったのでありますから、……被告に刑事責任を問うことは出来ないと固く信ずるものであります。即ち期待不可能性の理論よりいたしまして被告は無罪ということに相成るのでございます。」と結んでいる。所論は、この点を捉えて刑訴三六〇條二項にいわゆる「法律上犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張」に当ると言うのである。

さて、原判決理由においては、「被告人は……右令状に捜索すべき場所として記載された全部の場所にわたる捜索を拒否し、この間前記支部長室附近には、二、三十名の支部員が群がり「生命にかけても見せるものか」などと口々に怒号し、その一部の者は小兒の頭ほどある大きな石塊をふり上げ「これで撲らなければ判らんだ」と叫びながら、石井警部補をめがけて投げつけるような態度を示したりしたのであるが、被告人はこのような情況を察知するや更に同警部補に対し「このとおり若い者も絶対に承知しない、神戸事件や浜松事件の例もある、強いて捜索するなら実力をもってこれを阻止するであろう」と腕をまくり拳を振って高声に怒号して、あくまで令状に示された捜索の実施を拒絶し、附近に群集している支部員の言動をあえて制止することもなく、むしろその氣勢に威力をかりてみずからもまた叙上の言辞を弄して石井警部補らを脅迫し、もし強いて令状に記載された全部の場所にわたる捜索を強行するときは、四囲の情況から判断して不測の流血事態を惹起すべきことを危惧させた」旨を判示している。そこで、原審における弁護人の前記期待性可能の理論の主張が、刑訴三六〇條第二項に該当するものとしてもこれに対する判断の判示方法は、必ずしも常に弁護人の主張事実を掲げてこれに対し直接的に判断を示す方法を採ることを要するものではなく、弁護人の主張する事実に関し却って反対の事実を認定して、間接的に主張否定の判断を示す方法を採ることも差支えがないと言わねばならぬ。本件において原判決は、前述のごとく群集している部員の言動をあえて制止することもなく、むしろその氣勢に威力をかりてみずからも「強いて捜索するなら実力をもってこれを阻止するであろう」と腕をまくり拳を振って高声に怒号して、あくまで令状に示された捜索の実施を拒絶した旨を判示しているのであるから間接的に弁護人の期待可能性の理論に基く事実の主張に対し否定の判断を示しているものと解するを相当とする。論旨、それ故に理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって旧刑訴四四六條に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 岩松三郎)

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